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ジェリド・メサと「選択」の断絶|感情が奪った修正の機会

  本編映像と公式資料に基づき、全引用箇所を検証済みです。
ジェリド・メサと「選択」の断絶|感情が奪った修正の機会

ジェリド・メサという人物を語るとき、まず押さえておきたいことがある。

彼は、最初から追いつめられていたわけではない。

むしろ逆だ。
彼には、最初から「選ばれた側」にいられる条件がそろっている。
組織があり、階級があり、影響力があり、最新の装備もある。
そういうものが、何もしなくても自分を支えてくれる場所にいた。

ティターンズという組織は、そもそも「自分たちは上にいる」という感覚を前提にできている。
そこに身を置いていれば、世界の上側に立っている感覚が、知らないうちに当たり前になっていく。

自分は下ではない。
負けるほうがおかしい。
認められるのは当然だ。

そういう感覚が先にある。
自分がどういう人間かを考えるより先に、与えられた立場が自分を形作っていく。

だからこそ、その立場が揺らいだとき、彼の中では大きく警報が鳴る。
実力そのものより先に、立っている場所が自分を支えているからだ。

選ばれた側にいた人物

ジェリドは、最初から崩れていた人物ではない。
未熟さはある。
軽さもある。
視野の狭さもある。

けれど、それは最初から終わっていたということではない。

むしろ彼は、ティターンズの中で前に出ていける側にいた。
新しい機体に乗り、上に行けると思える場所にいて、自分は認められる側の人間だと信じられる環境もあった。

だから、彼の揺れ方はただの没落には見えない。
最初から何も持っていなかった人物が落ちていくというより、持っていたものに支えられていた人物が、それを失いかけたときに崩れていくように見える。

ジェリドは、最初から追いつめられていたから苦しいのではない。
最初に立っていた場所が高かったから、その場所が揺れたときの動揺が大きいのだと思う。

真剣さがズレていく

ジェリドは、怠けていた人物ではない。

本気で戦うし、本気で悔しがる。
上に行こうとする気持ちもある。
努力していないわけではないし、真面目さもある。

だからこそ、見ていてややこしい。
頑張っているのに、頑張る方向がおかしいからだ。

彼が力を注ぐのは、何かを変えるためというより、今の自分を守るための努力に見える。
組織に忠実でいること。
階級を守ること。
エリートである自分を失わないこと。
「選ばれた側」にいる自分を、何度でも証明しようとすること。

一見すると、それは堅実にも見える。
でもその堅実さは、自分の立ち位置そのものを疑わないことと、ほとんど同じでもある。

カミーユが傷つくたびに変わっていくのに対して、ジェリドは変わるより守るほうを選ぶ。
うまくいかなくなっても、正しい方向に修正できない。
結局はまた、元の自分を支えていた価値観のほうへ戻ってしまう。

「時代は変わったんだ!オールドタイプは失せろ!」

第23話「ムーン・アタック」より

この言葉も、時代を見通した宣言というより、その場で優位に立てた自分を確かめる声に近い。
変わったのは時代そのものというより、自分が今どちら側に立てているかだった。

旧来の価値観に引っ張られる。
変化を恐れて、何も変えない。
そのほうが安心するのかも知れない。

でも、その安心には未来がない。

これが、ジェリドがオールドタイプと言われる所以なのかも知れない。
能力の問題というより、変化に向き合うより先に、古い自分を守るほうへ向かってしまうからだ。優越で設計された組織↗

感情を出したあとに、戻ってしまう

ジェリドは、何もわからない人物ではない。
状況も読めるし、理屈も理解できる。
戦術がまるで見えないわけでもない。

ただ、そこで先に出るのが怒りだ。

負けた悔しさ。
カミーユへの執着。
取り返したいという焦り。
それが積み重なるたびに、考えるより先に感情が前へ出る。

マウアー・ファラオと共に出た場面もそうだった。

あのとき、彼は止まれたはずだ。
距離を取ることもできたし、態勢を立て直すこともできた。
感情を抑えて、連携を優先することもできた。

でも、彼は前へ出る。
取り返そうとする。
失ったものを。
自分の立場を。
自分の誇りを。

その結果として、マウアーは死ぬ。

そして、その瞬間、ジェリドは何も感じないわけではない。
むしろちゃんと感じ取っている。

ジェリドを支えるマウアー
マウアーの声を聞くジェリド
感情が冷め撤退するジェリド

©創通・サンライズ『機動戦士Ζガンダム』

「よし、マウアー……いけるぞ!」

第30話「ジェリド特攻」より

ここは大事だと思う。
彼には、受け取る力がまるでないわけではない。
痛みもわかるし、喪失も届いている。

でも、そのあとで彼は止まらない。
感じたものを抱え直すほうへ行かず、そのまま特攻に変えてしまう。

悲しみは、内側へ向かわない。
立ち止まって考えるほうへも向かわない。
「取り返す」という衝動に変わる。

怒りそのものは、ジェリドだけのものではない。
カミーユもまた激しく怒る。
ただ、そのあとが違う。

カミーユは、怒ったあとに傷つき、揺れ、問い直す。
ジェリドは、怒ったあとに前へ出る。
その差は小さく見えて、かなり大きい。

怒りのあとに何を選ぶか。
そこから先が、少しずつ違っていく。

マウアーの前では、素直になれる

ライラの言葉に耳を傾けたとき。
マウアーと向き合ったとき。
ジェリドは、まったく揺れていないわけではない。

その瞬間だけは、命令でも立場でもなく、ひとりの人間として言葉を受け取っている。
怒りや見栄が少し引いて、ティターンズの看板とは別のところで反応している。

特にマウアーの前では、ジェリドの見え方が少し変わる。
ただ意地を張っているだけの男ではなくなる。
競争心や怒りだけでは動いていない、もっと若くて不器用な顔が見える。

ここは色恋ものとして読んでもいい部分だと思う。
少なくとも二人の関係は、ただの同僚や戦力以上の存在だったことは見えてくる。

彼女の前では、少しだけ素直になる。
階級や役割や見栄をいったん脇に置いて、ただのジェリドに近い反応を見せる。

だからこそ惜しい。
余地がなかったわけではないからだ。

導いてくれる人がいれば、正しく行動できる人間なのだ。
誰の言葉も受け取れないわけではない。
自分の感情だけで暴走するしかない人間でもない。

そういう場面では、別の方向へ進めそうにも見える。
怒りにそのままつながらない反応。
組織に寄りかからない自分。
立場を守ること以外の選び方。

そういうものが、まったくなかったわけではない。

でも、彼はそこに留まれない。
また元のほうへ戻る。
怒りへ戻る。
立場へ戻る。
自分を守るほうへ戻る。

変われなかったというより、変わりかけたところに留まれなかった。
たぶんそのほうが、ジェリドには近い。

戻り続けた先で、行き場がなくなった

ジェリドには、途中で向きを変えられそうな瞬間が何度もあった。
周りに言葉をかける人間もいたし、立ち止まれる場面もあった。
感情のまま突っ込まずに済んだ戦いも、たぶんあった。

それでも彼は、最後まで同じような反応を繰り返してしまう。
悔しさを抱えたまま前に出る。
失ったものを悼むより、取り返そうとする。
相手を見直すより、自分が退いたと認めないほうを選ぶ。

ジェリドは、何も感じない人間ではなかった。
考える力がなかったわけでもない。
ただ、頑張る方向がおかしい。

何かがうまくいかなくなったときに、正しい方向へ修正していくことができない。
結局はまた、怒りや意地や執着のほうへ戻ってしまう。

そこには、旧来の価値観に引っ張られている感じがある。
変化を恐れて、何も変えない。
そのほうが安心するのかも知れない。

でも、その安心には未来がない。

何度も同じことを繰り返すうちに、行く先がなくなってしまったのかも知れない。
ジェリドの苦しさは、まさにそこにあったように見える。

だから彼の終わり方は、急に何かを失ったという感じではない。
もっと前から少しずつ、変わる道を外していった。

ジェリド・メサは、最後に壊れたというより、変われないまま同じ反応を繰り返して、行く先をなくしてしまった人物なのかもしれない。

ジェリドに足りなかったものは何か

ジェリドを見ていると、
ただ弱かったとか、愚かだったという言い方だけでは足りない気がしてくる。

彼には感情があった。
悔しさもあったし、怒りもあった。
失う痛みだって、ちゃんと受け取っていた。

でも、そのあとで自分を修正することができなかった。

ここが、ジェリドという人物を見ていていちばん引っかかるところだと思う。
感情がないわけではない。
むしろある。
ありすぎるくらいある。
それなのに、その感情を抱えたあとで、少し立ち止まったり、別の方向へ向き直したりすることができない。

怒りが出る。
悔しさが出る。
嫉妬も出る。
するとまた前に出る。
また同じようにぶつかる。
また同じところでこじれる。

その繰り返しを見ていると、
ジェリドに足りなかったのは、強さそのものではなかったのかもしれないと思えてくる。

足りなかったのは、
怒りのあとで自分を引き戻す力だったのか。
嫉妬をそのまま行動にしないための余白だったのか。
それとも、自分が間違えるかもしれないと認める柔らかさだったのか。

あるいは、
誰かに導かれたときには正しく動けるのに、
ひとりになると元の反応へ戻ってしまう弱さだったのかもしれない。

だからジェリドは、
ただ笑って終わる相手ではない。
見ていておかしいところはある。
でも、そのおかしさの中には、
人が変われないときの怖さがそのまま出ている。

感情を持っていることと、
感情のあとで立て直せることは同じではない。
ジェリドを見ていると、その差がはっきり見えてくる。

そう考えると、
彼はただ敗れていく敵役ではなくなる。
人がどこでつまずくのか、
どうして同じことを繰り返してしまうのか、
そこを考えさせる人物に見えてくる。

ジェリドからは、学べる部分がたくさんある。

何を感じるかより、
感じたあとでどう修正するか。
怒りを持つかどうかより、
怒りのあとでどこへ向かうか。

問われているのは、
たぶんそこなのだと思う。怒りの分岐点↗

再視聴への道標

「カミーユ……貴様は俺の……!!」

第49話「生命散って」より

自分を省みることが出来ず命を落とすジェリド

©創通・サンライズ『機動戦士Ζガンダム』

ジェリドの最後の叫びは、恨みの言葉としても読める。
でも、それだけで片づけるには少し惜しい。

彼は最後まで、怒りや喪失を自分の中で持ち直すことができなかった。
感じる力がなかったわけではない。
悔しさも、悲しさも、ちゃんと届いていた。
ただ、そのあとで向きを変えられなかった。

見返すときは、ジェリドが怒った場面そのものより、
怒ったあとに何を選んだかを追ってみたい。
そこに、この人物が何度も同じ場所へ戻ってしまった理由が見えてくる。


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