エヴァ弐号機は、アスカの専用機として登場する。真っ赤な機体と自信に満ちたパイロットは最初から強く結びつき、弐号機に乗って戦う姿そのものが、アスカという人物を表しているようにも見える。
けれど物語の後半、同期率が落ちて弐号機を動かせなくなったとき、アスカが失ったのは戦闘能力だけではなかった。弐号機に乗り、結果を出し、周囲から認められることで保たれていた自分の価値まで、一緒に崩れ始める。
旧劇場版でアスカが再び弐号機を動かした場面は、戦闘力の覚醒として受け取ることもできる。ただ、あのとき変わったのは弐号機の力だけではない。アスカが自分を見るために使っていた物差しのほうも、そこで大きく変わったのではないかと思う。
弐号機の中に母親の存在を感じたことで、アスカは成果によって自分の価値を証明し続ける状態から離れ、何かを証明するより前から存在していた自分へ触れ直した。
同期率の低下から旧劇場版での再起、そして量産機との敗北まで。弐号機との関係をたどりながら、アスカが何を失い、何を見つけ直したのかを考えていく。
弐号機に乗れる自分でいなければならなかった
アスカが求めていたのは、弐号機そのものではない。弐号機に乗り、結果を出した先で、自分を見てほしかった。認めてほしかった。そして、もう見捨てられたくなかった。
母親自身が心を壊していた事情はある。それでも幼いアスカの中に残ったのは、自分ではない人形を娘として扱われ、自分を残して母親が死んだという出来事だった。大人になって事情を整理できたとしても、子どものときに受け取った「自分は選ばれなかった」という感覚まで簡単に消えるわけではない。
そのままの自分では、いつかまた捨てられる。だからアスカは、捨てられないための条件を自分で作っていったのだと思う。優秀でいること。誰よりも早く大人になること。エヴァに乗り、戦闘で結果を出すこと。そうして評価され続ければ、自分は必要とされ、必要とされる限りここにいられる。
弐号機は、アスカにとって兵器である前に、その証明を続けるための場所だった。だから同期率の低下は、機体をうまく動かせないという問題だけでは終わらない。
弐号機に乗れない自分には、価値がない。
アスカ自身が、そう自分を見るようになっていく。
弐号機に乗り、自分の能力を証明する。
優秀である限り、周囲から必要とされる。
必要とされ続ければ、自分はここにいられる。
自分を見つめるほど、自分はいらない人間になる
自分と向き合えば、人は変われる。けれど状態が悪いときに、自分を見つめ直すことは、それほど簡単ではない。本人が使っている物差しを正しいと思っている限り、考えること自体が救いになるとは限らず、同じ基準で自分を測り続けることで、さらに深く傷つくこともある。
アスカの中では、弐号機に乗って結果を出すことと、自分が必要とされることがつながっていた。だから同期率が落ち、戦闘でも思うような結果を残せなくなると、その失敗は一つの出来事として終わらない。
結果が出ない。シンジやレイに追い越される。周囲から必要とされていないように感じる。そうした出来事が重なるたびに、自分には存在する価値がないという判断が強くなっていく。
アスカは自分を見ていなかったわけではない。むしろ誰よりも厳しく、自分を見続けていた。ただ、その視線の先には、最初から「役に立たない自分には価値がない」という答えが置かれている。
焦って結果を求めるほど、思うように動けなくなる。その失敗がまた自己否定へ変わり、自己否定がさらに結果を遠ざける。この物差しを使う限り、考えれば考えるほど、自分はいらない人間になっていく。
何もかもどうでもいいと思うところまで落ちたのは、自分と向き合う意志が足りなかったからではない。
自分を支えていた仕組みそのものが、自分を否定する仕組みに変わっていた。
死の側へ触れたとき、母親の姿が変わった
ここから先は、作中で明言されたアスカの心理ではなく、弐号機との関係に起きた変化から読み取った一つの解釈になる。
アスカにとって、死は母親の死と切り離せない。幼いアスカの前に残ったのは、心を壊して自分を見なくなった母親と、自分を残して死んでいったという結果だった。母親がなぜ壊れ、なぜ死を選ぶところまで追い詰められたのか。その事情を、子どものアスカが理解できるはずもない。
アスカの中に残ったのは、自分は母親に捨てられたという感覚だった。だから二度と捨てられない自分になるために、能力を示し、誰にも依存せず、大人として振る舞おうとする。それは母親のように壊れないためでもあり、誰かから必要とされ続けるためでもあった。
けれど旧劇場版のアスカは、自分自身も生きることをどうでもいいと思うところまで落ち、死が現実のものとして迫る場所へ追い込まれる。それまで母親だけのものだった死が、自分の身体と実感を伴って近づいてくる。
そのとき、母親の姿も以前とは違って見えたのではないかと思う。
アスカが母親の自死の理由を完全に理解したとは言えない。ただ、自分を捨てた人としてしか見られなかった母親を、心を壊し、死を選ぶほど追い詰められた一人の人間として感じる余地は生まれた。
母親の死は、それまで「自分が愛されなかった証拠」として残っていた。けれど母親が壊れていたことと、自分が一度も愛されていなかったことは、本来同じではない。
自分を残して死んだことと、自分への愛情が存在しなかったことも、同じではない。
母親の死を完全に理解したとは断定できない。ただ、自分自身も死の側へ触れたことで、それまでとは違う距離から母親の痛みを感じられた可能性は残る。
弐号機の中に残る母親の魂について、旧劇場版では詳しく説明されない。どのような状態で存在していたのか、いつからアスカへ働きかけていたのか、その瞬間に何を伝えたのかも分からない。
確かに描かれているのは、追い詰められたアスカが母親の存在を感じ、弐号機とのつながりを取り戻したことだ。
ここで母親の魂が新しい力や愛情を与え、アスカを別人に作り変えたと考える必要はないと思う。アスカが触れたのは、その場で新しく作られたものではなく、傷によって見えなくなっていたものだったのかもしれない。
母親との記憶は、心を病んだあとの姿と、その死によって大きく上書きされている。けれど、それ以前に愛情がまったく存在しなかったとは限らない。言葉として記憶できるよりも前に、アスカが抱かれ、守られていた時間があった可能性は残る。
弐号機の中の母親は、その場で愛情を作り出したのではない。アスカが失われたと思っていたものへ、もう一度触れるきっかけになった。
結果を出したから愛されたのではない。優秀だったから必要とされたのでもない。何かを証明するよりも前から、自分は愛され得る存在だった。
それまでアスカは、評価されることで愛情を手に入れようとしていた。けれど、愛されていた自分が先に存在していたと感じられたなら、自分の価値を成果によって作り続ける必要はなくなる。
結果を出し、認められ、必要とされなければ、自分は愛されない。
何かを証明するよりも前から、自分はすでに愛され得る存在だった。
弐号機がアスカを証明するのではなくなる
母親の存在へ触れたあと、アスカは再び弐号機を動かす。
この変化を、失っていた自信や戦闘能力を取り戻しただけだと考えると、アスカと弐号機の関係に起きた反転が見えにくい。それまでのアスカにとって、弐号機に乗れることは自分の価値を支える条件だった。戦闘で結果を出せるから自分は優秀であり、周囲から必要とされる。
弐号機が、アスカを成立させていた。
けれど成果よりも前から愛され得る存在だったと感じられたなら、弐号機に自分の価値を証明してもらう必要はなくなる。自分はすでにここにいてよく、その自分が今、弐号機に乗っている。
それなら、弐号機を使って自分にできることをやればいい。
弐号機がアスカを作る関係から、アスカが弐号機の意味を決める関係へ変わる。弐号機は、選ばれた自分を示す勲章でも、捨てられないために結果を出す装置でもなくなる。
自分の意志を、行動へ変えるための道具になる。
このときのアスカには、ある種の万能感もあったと思う。ただ、それは単純に「自分は何でもできる」と思い込んだ状態ではない。誰かに勝たなければならない、評価され続けなければならない、役に立たなければ捨てられる。そうしたしがらみが一度外れ、今の自分と、自分が置かれている場所を受け入れられた。
弐号機に乗っていることへの感謝も、特別に選ばれた自分への優越感というより、自分には今できることがあるという感覚に近かったのではないか。
弐号機に乗れる自分によって、存在する価値を証明しようとする。
すでに存在している自分が、弐号機を何のために使うのかを決める。
自分のために戦うことは、身勝手なのか
覚醒したアスカは、何のために戦ったのか。
世界を救うため、人類を守るため、あるいはシンジを助けるためと置けば、英雄らしい話にはなる。けれど、何か大きな目的のために自分を捧げるという説明は、あのときのアスカにはあまり似合わない。
アスカは、自分自身のために立ち上がった。
自分は生きていていい。ここに存在していい。そして今、自分にはできることがある。その実感を取り戻したアスカが、自分の意志で目の前の状況へ向かった。
自分のために動くことは、他者から見れば身勝手や独りよがりと呼ばれるかもしれない。ただ、それもまた外側から与えられる評価であり、アスカがこれまで自分を預けてきたものと変わらない。
外側の評価から自分を取り戻すなら、誰かから正しいと思われる行動へ移るだけでは足りない。他者がどう見るかよりも、自分が自分をどう扱うのかを先にしなければ、判断の基準は変わらない。
これは他者を切り捨てることではない。自分を消して相手に合わせ続ければ、そこに残るのは別々の人間同士の関係ではなく、どちらかが飲み込まれた状態になる。
アスカは誰かのために自分を差し出したのではない。もう一度、自分自身を見捨てないために戦った。
アスカは力の前に敗れた
自分を取り戻したからといって、世界が都合よく変わるわけではない。自分の気づきや覚悟が、そのまま戦闘力になるわけでもない。
アスカと弐号機は量産機を次々と倒す。けれど量産機は再び動き出し、弐号機には活動限界が迫る。数と力が積み重なれば、覚悟だけでその差を埋めることはできない。
ここを、アスカの心が足りなかったから負けたと読む必要はない。
アスカ個人の戦いだけを見れば、圧倒的な力と物量の前に敗れた。それがすべてだ。
シンジが最終的に世界の形を選ぶ位置へ立ったのも、精神的にアスカより優れていたからではない。本人が望んで手に入れたものではないとしても、シンジには初号機があり、人類補完計画の中心に置かれる環境が用意されていた。
アスカには同じ力も立場もなかった。その環境がアスカにもあれば、すべてがうまくいったのかもしれないし、まったく違う答えを選んだのかもしれない。人によって感じ方も選ぶ答えも変わる以上、そこに一つの正解は置けない。
戦闘の結果として、アスカは力の前に敗れた。けれど、戦闘に勝てなかったことと、自分を取り戻した経験に意味がなかったことは同じではない。
その気づきをどう受け止めるのか。戦ったことに納得しているのか。それを決められるのは、外から勝敗を数える誰かではなく、アスカ自身だ。
量産機の数と力の前に弐号機は破壊され、アスカは戦いに敗れた。
その気づきが無意味だったかどうかを、外側の勝敗だけでは決められない。
負けたことと、自分を失うことは同じではない
弐号機は破壊される。ただ、戦闘の中でアスカ自身が明確に死ぬ場面は描かれていない。その後に補完が始まり、物語の最後には、シンジとアスカが別々の人間として海辺に存在している。
ここから、アスカは補完のあいだもATフィールドを維持し続けていたと断定するのは危うい。弐号機が破壊されたあと、アスカがどのような状態にあり、いつ個人の形を取り戻したのかは描かれていないからだ。
ただ、あのときのアスカは、自分と他者を隔てる境界が何のためにあるのかを、実感として知った人間だったようには見える。
境界は、他者を拒絶するためだけの壁ではない。外側の評価や環境に飲み込まれず、自分を自分として存在させるための輪郭でもある。
それまでのアスカは、他者からどう見られるかによって自分の形を作っていた。けれど母親の存在へ触れ、成果よりも前から自分は存在していていいと感じられたなら、他者の評価とは別の場所から、自分の輪郭を作り直せる。
最後に現れるアスカは、シンジに都合よく作られた存在ではない。シンジをすべて受け入れるわけでもなく、彼の期待どおりの答えを返すわけでもない。
シンジには理解しきれない、別の人間としてそこにいる。
補完のあいだも境界を保ち続けたとは言えない。ただ、一度失われた個人の形を再び自分として作り直せるほどには、アスカは境界の意味を知っていたのかもしれない。
アスカは量産機との戦いには勝てなかった。それでも、他者の中へ回収されず、自分とは違う何者かとして世界に戻ったのなら、自分自身まで失ったわけではない。
補完のあいだも境界を保ち続けたとは言えない。ただ、自分を自分として作り直すための境界を、アスカはすでに知っていたように見える。
弐号機は、自分自身を見つめ直すきっかけだった
エヴァ弐号機は、アスカにとって何だったのか。
最初の弐号機は、自分の価値を証明するための機体だった。乗れる自分なら認められる。結果を出せる自分なら必要とされる。必要とされ続ければ、もう捨てられずに済む。
だから同期率が落ち、弐号機を動かせなくなったとき、アスカは自分の価値まで失ったように感じた。成果と存在を結びつけていたために、結果が出ないほど、自分はいらない人間だという結論へ落ちていく。
旧劇場版で弐号機の中に母親の存在を感じたとき、変わったのは機体の性能だけではない。
アスカは、何かを証明したから愛されたのではなく、成果よりも前から愛され得る存在だった自分へ触れた。
その瞬間、弐号機はアスカを成立させる条件ではなくなる。自分はここにいてよく、その自分が今、弐号機に乗っている。それなら、自分の意志で今できることをやればいい。
弐号機は、自分の存在価値を預ける場所から、自分の意志を行動へ変えるための道具へ変わった。
アスカは量産機との戦いには敗れる。けれど、自分を取り戻したことの意味まで、力のある側や、外から見ている誰かが決めることではない。
その戦いに納得できたのか。自分を見つけたことを、どう受け止めたのか。
それを決められるのは、アスカ自身だ。
弐号機がアスカを救ったのではない。
弐号機の中で愛されていた自分を見つけたアスカが、ようやく自分自身を見捨てずに済んだ。
関連構造
