『涼宮ハルヒの憂鬱』を最初から見返すと、ハルヒが自己紹介で挙げた四つの存在が少し気になってくる。宇宙人、未来人、異世界人、超能力者。最初に聞いたときは、ハルヒらしい変わった自己紹介くらいにしか思わない。
でも物語が進むと、長門は宇宙人にあたる存在、みくるは未来人、古泉は超能力者としてキョンの前に現れる。ハルヒが探していたものは、本人の知らないところで三つまでSOS団の中に揃っている。
そうなると、ひとつだけ残っているものがある。
異世界人は、誰なんだろう。
SOS団の中心にいるキョンには、長門たちのような特殊能力も特別な正体もない。本人もずっと自分を普通の高校生だと思っている。それなのに『涼宮ハルヒの消失』まで見ると、最初は何もなかったはずのキョンが、この「異世界人」という空席に少しずつ近づいていくようにも見える。
ここでは原作小説の先の情報には踏み込まず、アニメ版と劇場版『涼宮ハルヒの消失』で描かれたところまでを見ながら、キョンと異世界人という言葉の関係を考えてみたい。
SOS団にはひとつだけ埋まらない枠がある
ハルヒが最初に求めた四つの存在を、そのままSOS団に重ねてみると分かりやすい。長門は宇宙人にあたる存在、みくるは未来人、古泉は超能力者。そして三人とも、自分たちの正体やハルヒについて知っていることをキョンに話していく。
ここまではかなりきれいに対応している。でも異世界人だけは、誰にも割り当てられていない。
もちろん、それだけで残ったキョンが異世界人だということにはならない。単純に、アニメで描かれた範囲では異世界人がまだ登場していない、と考えることもできる。
それでも少し気になるのは、SOS団の中でキョンだけが何の肩書きも持っていないことだ。長門、みくる、古泉には、それぞれハルヒが探していた存在としての名前がある。その三人の真ん中にいながら、キョンだけは最後まで「普通の高校生」のまま置かれている。
異世界人という空席と、何者でもないキョン。この二つが同じ物語の中心に残っているのは、やっぱり少し面白い。
キョンだけが「ただの人間」の位置にいる
キョンには長門のような能力はないし、未来から来たわけでもない。古泉のように閉鎖空間へ入り、神人と戦うこともできない。特別な力を持つ三人に囲まれながら、キョンだけはずっと普通の人間として物語を見ている。
でも、その普通さはキョンに何もないということではなくて、むしろ彼の役割そのものなんだと思う。
長門、みくる、古泉は、最初からハルヒを特別な存在として知っている。だから彼女を見るときにも、世界へ影響を与える存在としてのハルヒがどこかにある。でもキョンは何も知らずに話しかけた。ただ前の席にいる、かなり変わった女の子としてハルヒと知り合っている。
ハルヒが何を考えているのかを聞き、面白ければ話を続けるし、おかしいと思えば反対もする。キョンにとって最初のハルヒは、世界を変える力を持つ存在ではなく、一人の人間だった。
その普通のキョンが、気がつけば宇宙人、未来人、超能力者の正体を全部知っている。本人には何の能力もないのに、普通の人間には見えない世界だけは誰よりも近くで見ている。
そう考えると、キョンの「ただの人間」という立場も、だんだん普通ではなくなってくる。
異世界人とは、どこから来た人なのか
異世界人という言葉から最初に想像するのは、別の宇宙や別次元からこちらへやって来た人だと思う。そういう意味なら、アニメの中でキョンが異世界人だと考える理由はほとんどない。
ただ『消失』を見ていると、少し違うことを考えたくなる。異世界というのは、物理的に遠く離れた場所だけなんだろうか。同じ学校や同じ町があっても、そこで暮らす人たちの記憶や人間関係がまったく違えば、そこは本人にとって十分に別の世界とも言える。
そして、そんな世界へ行ったときに一人だけ以前の世界を覚えていたら、その人は周囲から見ればどんな存在になるんだろう。
『消失』のキョンは、まさにその立場へ置かれる。
『消失』でキョンだけが別の世界を知っている
『涼宮ハルヒの消失』では、12月18日を境にキョンの知っていた日常が変わってしまう。学校もクラスメイトも存在しているし、長門も同じ学校にいる。でもSOS団はなく、みくるはキョンを知らず、ハルヒも北高にはいない。
キョンにとっては明らかにおかしな世界なのに、周囲の人たちにとっては何もおかしくない。みんな普通に昨日までの続きを生きていて、「世界が変わった」と思っているのはキョンだけだ。
ここで、それまでの関係がひっくり返る。
それまでキョンは、ハルヒや長門たちの方を普通ではない存在として見ていた。自分だけは現実の側にいて、そこへ妙な出来事が入り込んでくる。でも『消失』では、周囲の全員が共有している現実に対して、キョンだけが「ここではない世界」を知っている。
その世界から見れば、別の世界を覚えているキョンの方が異質になる。
もちろん、キョンが物理的に別宇宙から来たわけではないし、これだけで設定上の異世界人だとは言えない。ただ少なくとも『消失』の中で、キョンは「自分だけが別の世界を知っている人」にはなった。
最初にひとつだけ空いていた「異世界人」という言葉が、ここまで来ると少し違って見えてくる。
ハルヒとキョンは同じ世界を見ていたのか
そう考えていくと、キョンとハルヒは『消失』よりずっと前から、同じ場所にいながら少し違う世界を見ていたようにも思える。
ハルヒは、今見えている日常の向こうに何かがあるかもしれないと思っている。宇宙人や未来人がいるなら探してみたいし、面白いものがなければ自分から動いて見つけに行く。
キョンはそれよりずっと現実的で、そんなものはいないだろうと考えている。でも本当に何も期待していなかったのなら、ハルヒの話をあれほど聞き続けることもなかった気がする。本人も子どもの頃には、宇宙人や未来人のような存在に少し憧れていた。
二人は同じ教室にいる。見ている町も学校も同じなのに、その世界をどう捉えているかは少し違う。
ハルヒからすれば、「そんなものはいない」と言いながら自分の話を最後まで聞き、結局は一緒についてくるキョンも、周囲の人とは少し違ったはずだ。キョンから見れば、みんながくだらないと流すようなことを本気で探しに行くハルヒの方が、自分の知っている世界から少し外れたところにいる。
同じ場所にいながら、見えている世界が少し違う。その違いがあるから、相手の見ているものが面白くなる。
そう思うと、二人が最初から自然に話を続けられたこととも、どこかでつながっている気がする。
キョンは「異世界人」という空席に近づいていく
では結局、キョンは異世界人なのか。
アニメの中で、キョンが異世界人だと明かされることはない。だから設定上の答えとして「キョンが異世界人だった」と言うことはできないし、そこまで決めてしまう必要もないと思う。
ただ、最初にハルヒが挙げた四つの存在を振り返ると、宇宙人、未来人、超能力者にはそれぞれ対応する人物が現れ、異世界人だけが最後まで空いている。その一方で、最初は何の特殊能力も持たない普通の高校生だったキョンが、物語の中でいくつもの「普通ではない世界」を知っていく。
普通の日常を知っている。ハルヒたちと過ごす非日常も知っている。そして『消失』では、それまでとは違う世界まで経験した。どこか一つだけに属するのではなく、それぞれの世界を知ったうえで、その違いを見ることができる。
キョンは異世界から来た人ではない。でも、異なる世界を知り、その間に立つ人にはなった。
最初の自己紹介でハルヒが口にした「異世界人」という言葉は、アニメの中では最後まで明確な答えを持たない。でも『消失』まで見てからもう一度あの四つを聞くと、何も持っていなかったはずのキョンが少し気になってくる。
宇宙人でも未来人でも超能力者でもない。ただの高校生として始まったキョンが、誰よりもいろいろな世界を知ることになる。そう考えると、最後まで空いていた「異世界人」という場所に一番近かったのは、やっぱりキョンだったのかもしれない。
