筋だけを追えば、エンドレスエイトの構造はかなり単純に見える。同じ夏休みを何度も繰り返し、最後にキョンが「みんなで宿題をやろう」と言ったことで、ようやく次の日へ進む。
ところがアニメでは、その繰り返しを8回にわたって見せた。
また同じ夏休みが始まり、少しずつ違う場面を見ながら、「今回も終わらないのか」と感じる。それを何度も繰り返しているうちに、見ている側まで同じ夏から抜け出せないような感覚になってくる。
制作側がなぜ8回という形を選んだのか、その意図までここで断定することはできない。ただ、実際に8回見せたことで生まれたものはある。
エンドレスエイトは、ループしていることを知るだけではなく、終わらない夏休みをこちらも少しだけ体験する話になっていた。
そしてもう一つ引っかかるのが、ハルヒはいったい何をやり残していたのかということだ。プールにも行き、夏祭りにも参加した。花火もして、虫も捕まえている。夏休みにやりそうなことは、かなり詰め込まれている。
それでも、夏は終わらなかった。
ハルヒは夏休みに何をやり残していたのか
ハルヒは夏休みにやりたいことをたくさん考え、SOS団のみんなを連れ回していく。プールへ行き、盆踊りに参加し、虫を捕まえて、花火もする。ひとつひとつを見れば、かなり充実した夏休みだ。
それなのに、ハルヒの中には最後まで何かが足りない。しかも本人にも、それが何なのか分かっていないように見える。
もっと遊べばいいのか、それともまだ別のことをすればいいのか。その答えが見つからないまま、夏休みだけが何度も繰り返されていく。
ここで気になるのは、足りなかったのがイベントの数ではなかったのではないか、ということだ。あれだけいろいろなことをしているのに終わらないなら、もう一つ遊びを増やせば解決するような話でもなさそうだ。
ハルヒが欲しかったのは、「夏休みに何をしたか」よりも、誰かと一緒に夏休みを過ごしたという実感だったのかもしれない。
一人では作れなかった夏休みの思い出
SOS団ができる前のハルヒは、一人でもやっていける人だったように見える。でも、一人でいることそのものを楽しんでいたかというと、少し違う。
自分を曲げてまで周りに合わせるくらいなら一人でいた方がいい。そんな強さはあっても、本当に誰とも一緒にいたくなかったわけではないのだと思う。
SOS団を作ってからのハルヒは、みんなをどんどん巻き込んでいく。自分が面白いと思ったものを一緒に見て、自分を変えなくてもそのまま付き合ってくれる人たちがいる。
それまで一人で動くことの多かったハルヒにとって、これはかなり大きな変化だったはずだ。
夏祭りも花火も、仲間と一緒に行けば楽しい。ただ、エンドレスエイトで最後にループを終わらせるのは、もっと普通の出来事だった。
みんなで集まって、夏休みの宿題をする。
ハルヒは勉強もでき、自分の宿題を最後まで残して困るようなタイプにはあまり見えない。少なくとも、「ハルヒ自身が宿題に困っていた」と考えなくても、この場面は成立する。
ただ、夏休みの終わりに友達と集まって宿題を片づけるような時間は、一人で何でも済ませてきたハルヒには自然には生まれにくい。
作中でハルヒがそれを以前から望んでいたと明言されているわけではない。それでも、最後にそこへたどり着いたことを考えると、一人では作れなかった「夏休みの思い出」がまだ残っていたようにも見える。
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ハルヒたちが繰り返した夏休みを、「エンドレスエイト I」からもう一度確かめる。
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ハルヒにとっての非日常は、もっと身近なところにあった
ハルヒは宇宙人や未来人のような、普通ではないものをずっと探している。ところがエンドレスエイトを見ると、ハルヒにとっての「特別なこと」は、それだけではないように思えてくる。
友達と夏祭りへ行くことも、みんなで花火をすることも、最後に集まって宿題をすることも、誰かにとってはごく普通の夏休みだ。
でも、それまで一人でいることを選ぶことの多かったハルヒにとっては、自分一人では味わえなかった時間でもある。
そう考えると、非日常は必ずしも現実の外側にだけあるものではない。誰かと一緒にいることで、それまで自分一人では入れなかった日常へ入っていく。そんな普通の出来事でも、その人にとっては十分に新しい世界になり得る。
ハルヒが非日常を求める理由を考えたとき、そこには「分からない世界を探すこと」の楽しさがあった。
エンドレスエイトでは、その面白さがもっと身近なところまで降りてきているように見える。世界のどこかにある不思議だけではなく、誰かと過ごす普通の時間の中にも、自分の知らなかったものは残っていた。
「みんなで宿題をする」が最後の一つだった
キョンが最後に提案したのは、もっと面白い場所へ行くことでも、新しい遊びを増やすことでもない。みんなで集まって宿題をすることだった。
ハルヒはその提案にすぐ乗ってくる。そして、そこでようやく繰り返していた夏休みが終わる。
これまでの出来事を考えると、この終わり方はかなり面白い。プールや夏祭り、花火といった「夏休みらしいイベント」をたくさんやったのに、それでは終わらなかった。最後に必要だったのは、友達と机を囲んで宿題をするという、ごく普通の時間だった。
もしハルヒの中に残っていたものが、「仲間と最後まで夏休みを過ごしたい」という感覚だったのなら、ここでやっと一つの夏が完成したようにも見える。
遊ぶだけではなく、夏休みの最後にやることまでみんなと一緒にやる。それでようやく、次の日へ進めるようになった。
興味深いのは、ハルヒ自身がそれを言葉にしていないことだ。寂しいとも、みんなと宿題をしたいとも言わない。ただ何かが足りないという感覚だけが残り、それが同じ夏を何度も繰り返す形で表に出ている。
閉鎖空間とは仕組みが異なるため、同じものとして扱うことはできない。ただ、ハルヒ自身がまだ言葉にできていないものが、本人より先に世界の異常として現れるところには、少し似たものを感じる。
8回繰り返したから、終わらない感じが残った
エンドレスエイトがなぜ8回放送されたのかについて、制作側の意図までここで決めつけることはできない。ただ、8回繰り返して見せたことで生まれた感覚は確かにある。
話の内容だけを知るなら、もっと短くまとめることもできたはずだ。実際には、また同じ夏が始まり、少し違う場面を見て、それでも終わらないという時間を何度も過ごすことになる。
最初は違いを探しながら見ていても、何度も続けば「まだ終わらないのか」と感じる。早く次へ進んでほしくなるし、同じような出来事をまた見ること自体が少し面倒になってくる。
その面倒くささまで含めて、「終わらない」という感覚だったのかもしれない。
もちろん、長門が経験してきた膨大な繰り返しと、視聴者が8回見ることは同じではない。
それでも、「何度目か分からない同じ時間をまた過ごす」という感覚には、説明だけを聞くより少し近づける。
その意味で、エンドレスエイトはループが起きていることを見せるだけではなく、その繰り返しを見ている側にも少し味わわせる話になった。8回という長さを好きになれるかどうかとは別に、あの夏を何度も見た記憶そのものは、かなり強く残る。
ハルヒが欲しかったのは、特別な夏じゃなかったのかもしれない
ハルヒはずっと特別なものを探している。宇宙人や未来人のような、自分の日常を大きく変えてくれる何かが、どこかにあるかもしれないと考えている。
でも、エンドレスエイトで最後に夏を終わらせたのは、そんな特別なものではなかった。みんなで集まって宿題をするという、多くの人にとっては何でもない時間だった。
一人でも生きていけることと、一人でいたいことは違う。SOS団ができたことで、ハルヒは自分を曲げなくても誰かと一緒にいられるようになった。
それまで一人では作れなかった思い出を、少しずつ増やしていったように見える。
そう考えると、エンドレスエイトで足りなかったのは、もっと特別なイベントではなかったのかもしれない。遊び尽くした夏休みの最後に、仲間と一緒に宿題までやる。そんな普通の時間が加わったことで、ハルヒの夏はようやく最後まで進んだ。
世界の外側にある不思議をずっと探していたハルヒが、一人では入れなかった普通の日常の中にも面白いものを見つけていく。
エンドレスエイトを見返すと、終わらない夏の中で起きていたのは、そんな小さな変化だったようにも見えてくる。
