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ハルヒはなぜ自分の力を知らないのか|「もしかしたら」が残る世界

  本編映像と公式資料に基づき、全引用箇所を検証済みです。
ハルヒはなぜ自分の力を知らないのか|「もしかしたら」が残る世界

ハルヒは、宇宙人や未来人、異世界人、超能力者をずっと探している。でも実際には、そのほとんどがすぐ近くにいる。しかも本人には、知らないうちに世界そのものへ影響を与えてしまうような力まである。

それなのに、ハルヒだけがそのことを知らない。

普通に考えれば、誰かが全部教えてしまえば終わる話にも見える。でもハルヒの場合、自分の力を知ることは「答えが分かってよかった」で済まない気がする。今まで面白いと思っていた世界そのものが、それまでとは違って見えてしまうんじゃないだろうか。

ハルヒが楽しんでいるのは、不思議なものが「ある」と最初から分かっている世界ではない。どこかに「あるかもしれない」と思えて、それを探しに行ける世界なんだと思う。

今回は、自分の力を知らないことがハルヒにとってどんな意味を持っているのか、そこから考えてみたい。

ハルヒは不思議を信じ込んでいるわけではない

宇宙人だの未来人だのと言っているから、ハルヒは何でも超常現象として受け入れる人にも見える。でも実際には、おかしなことが起きても現実の中で説明できる理由が見つかれば、ちゃんとそちらへ戻ってくる。

孤島で殺人事件のような状況に出会ったときもそうだった。最初から「これは絶対に超常現象だ」と決めつけるわけではなく、起きていることを見ながら自分なりに考えている。

だからハルヒは、「宇宙人は絶対にいる」と信じ込んでいるわけじゃないんだと思う。感覚として近いのは、おばけや七不思議みたいなものなのかもしれない。見たことはないし、普通に考えればかなり怪しい。でも「絶対にない」と決めてしまうより、「もしかしたら」と思っていた方がちょっと楽しい。

そういう意味では、ハルヒって見た目ほど非現実的な人でもない。現実がどういうものなのかは分かっていて、そのうえで「まだ自分の知らないものがあるかもしれない」という余地だけは残しているように見える。

ハルヒが非日常を求める理由を考えた記事はこちら↗

以前の記事で考えた「分からないから楽しい」という感覚も、たぶんここにつながっている。答えを持っているから探すんじゃなくて、答えがまだないから探しに行ける。

ハルヒが欲しいのは、自分で作った不思議じゃない

もしハルヒが、自分には世界を変える力があると知ったらどうなるんだろう。最初はかなり喜びそうな気もする。宇宙人が欲しいなら宇宙人を出して、もっと面白い世界が欲しいなら、自分で世界を変えてしまえばいい。

ハルヒなら、本当にそこまでやってしまいそうなんだよね。

だから周りが簡単には教えられない、というのも分かる。でもその先まで考えると、少し別の問題も出てくる。

たとえば目の前に宇宙人が現れたとして、それが本当に昔からそこにいた宇宙人なのか、それとも自分が「いてほしい」と思ったから現れたのか。自分に世界を変える力があると分かってしまったら、その違いをハルヒ自身にも確かめられなくなるかもしれない。

未来人や超能力者だって同じだし、もっと言えばSOS団のみんなと出会ったことまで、「自分がそう望んだから生まれたんじゃないか」と思えてしまう可能性もある。

何でも思い通りにできることが、そのままハルヒの楽しさにつながるとは思えない。

ハルヒが欲しかったのは、自分で作った答えじゃないんだと思う。自分とは関係なく、世界のどこかに本当に変なものがあって、それを自分で見つけたい。だから最初から答えを手に入れたいんじゃなくて、ずっと探しているんじゃないかな。

自分の力を知ったら、「もしかしたら」が消えてしまう

ハルヒが自分の力を完全に理解したら、世界の見え方はかなり変わると思う。宇宙人や未来人や超能力者が現れても、それを素直に「見つけた」とは思えなくなる。自分自身が世界を変えられると知っている以上、「これも自分が作ったんじゃないか」という疑いが残ってしまうからだ。

何でも思い通りになる世界ではある。でも、それはハルヒがずっと探していた世界とは少し違う気がする。

ハルヒが楽しんでいるのは、「いるのかな」「いたら面白いな」「じゃあ探してみよう」と思える時間なんだと思う。答えを全部知って、その答えを自分で作れるようになることではない。

自分の力を知れば、できることは一気に増える。でもその代わりに、「自分の知らないものがどこかにあるかもしれない」という感覚は小さくなっていく。

ハルヒにとっては、そっちの方がずっとつまらないんじゃないだろうか。

本物の非日常はすぐそばにあるのに、答えだけが届かない

面白いのは、ハルヒが探している非日常が、本当はずっとすぐそばにあることだ。長門がいて、みくるがいて、古泉がいる。本人が探しているものは、もうSOS団の中にほとんど揃っている。

でもハルヒは、その正体を知らない。

閉鎖空間が発生しても、それを処理するのは古泉たちで、ハルヒ本人には見えない。奇妙な出来事は何度も起きているのに、ハルヒのところまで来ると「これは間違いなく超常現象だった」と言い切れる形では残らない。

もちろん、世界そのものが意思を持ってハルヒを騙している、とまで考える必要はないと思う。ただ作品を見ていると、ハルヒが決定的な答えを知りきらない状態は何度も保たれている。

本物の非日常の真ん中にいるのに、本人から見ればずっと「あるかもしれない」のまま。それって、かなり不思議な位置だと思う。

分からないままだから、世界は面白い

ハルヒが自分の力を知らない理由は、設定だけを見れば「周囲が秘密にしているから」で説明できる。でもハルヒ自身のことを見ていくと、知らないままでいることにも別の意味が見えてくる。

ハルヒは、不思議を何でも信じているわけじゃない。たぶんない。でも、もしかしたらあるかもしれない。そのくらいの場所に立っているから、自分で探しに行けるし、見つからなくてもまた次を探せる。

もし自分には世界を変える力があると知ってしまったら、その「もしかしたら」はかなり失われる。何でもできるようになる代わりに、自分の知らないものを探す楽しさまで薄れてしまうかもしれない。

だから、自分の力を知らないことは、ハルヒにとってただ欠けているものではないんだと思う。

宇宙人がいるかもしれない。未来人もいるかもしれない。まだ自分の知らない面白いものが、世界のどこかに残っているかもしれない。

答えを持っていないからこそ、ハルヒはそれを探し続けられる。分からないものが残っているからこそ、ハルヒの世界はまだ面白い。

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