NERVは、使徒と戦うための組織として現れる。
巨大な地下空間を持ち、命令系統があり、作戦があり、兵器がある。
表面だけ見れば、危機に対応するための特殊機関として理解することもできる。
けれど『新世紀エヴァンゲリオン』でこの組織を見ていると、どうもそれだけでは足りない。
ここで扱われているのは、使徒への対処だけではないからだ。
失った相手に触れたい。
他者との断絶に耐えられない。
役割がなければ自分を保てない。
守りたいのに、命じなければならない。
そうした本来は個人の内側にある問題が、この組織の中では命令、配置、管理、計画の形へ変わっている。
だからこのページではNERVを、秘密機関や作戦組織としてではなく、人間のしんどさを組織運用へ変えてしまう器として見ていく。
NERVは何を守る組織なのか
NERVの建前は明快だ。
使徒から人類を守る。
そのためにエヴァを運用し、パイロットを管理し、必要な作戦を遂行する。
この説明自体は間違っていない。
ただ、この組織の不気味さは、守っているものがそれだけに見えないところにある。
ここでは、人類の生存と同じくらい、もっと個人的な何かが守られている。
失った相手への執着。
もう一度つながりたいという願い。
役割の中でしか安定できない人間。
保護と指揮を分けられない大人。
そうしたものが、組織の奥に沈んだまま動いている。
つまりNERVは、人類を守る組織であると同時に、個人では抱えきれなかった問題を、組織の論理で保持する場所にもなっている。
ここが、この組織をただの秘密機関に見えなくしている理由だと思う。
なぜ個人の問題が、命令や計画に置き換わっていくのか
本来、喪失や断絶は個人の問題だ。
誰かを失った悲しみ。
分かり合えない苦しさ。
近づきたいのに近づけない怖さ。
そういうものは、ふつうその人の内側で引き受けられる。
けれどエヴァでは、それが個人の中に留まらない。
悲しみは補完計画へ変わる。
関わりの不器用さは役割の配置へ変わる。
他者との距離の持てなさは、命令系統の中で処理される。
こうなるのは、個人の問題を個人の問題のまま抱えるには、あまりにも重すぎたからだろう。
向き合う。
待つ。
届かなさを引き受ける。
失った相手を失ったまま抱える。
そういう不確実な関係の中に立ち続けることができないとき、人は問題を別の形へ置き換える。
NERVで起きているのは、まさにそれだと思う。
関係を続ける代わりに管理する。
分かり合えなさを抱える代わりに計画へ変える。
他者に届かない苦しみを、命令と手順の世界へ移し替える。
だからNERVの合理性は、純粋な合理性ではない。
感情を排した組織に見えて、その実かなり私的な苦しみの延長にある。
そこが、この組織の冷たさであり、同時に気味の悪さでもある。
ゲンドウの喪失は、なぜ組織の論理へ拡張されるのか
NERVをここまで歪めている中心には、やはり碇ゲンドウがいる。
ただし彼は、ただ私情で組織を私物化した人物として読むだけでは足りない。
ゲンドウは、失った他者と別れたままでいることに耐えられなかった。
だがその問題を、関係の中で引き受けることもできなかった。
だから彼は接続の問題を、個人的な悲しみのまま抱えず、補完計画という大きな手順へ変えていく。補完という救済↗
ここで重要なのは、ゲンドウの喪失がそのままNERVの運用原理に入り込んでしまうことだ。
個人的な願いは、個人的なものに留まらない。
組織の目的になり、配置の理由になり、秘密の正当化になっていく。
つまりNERVとは、ゲンドウ個人の問題が拡張された器でもある。
だからこの組織の冷たさは、ただの官僚性ではない。
一人の人間が抱えきれなかったものが、組織の正しさの顔をして流れ込んでいる。
そのことが、NERVを普通の軍事組織とも研究機関とも違うものにしている。
ミサトの混線は、なぜNERVの中で露出しやすいのか
ミサトは、ゲンドウとは逆方向の人間だ。
他者を遠ざけるのではなく、近づこうとする。
シンジを家に入れ、言葉をかけ、生活を支えようとする。
その意味では、組織の冷たさに抗っている側にも見える。
けれどミサトもまた、NERVの中で安定しない。
保護者として接しているのか。
上司として命じているのか。
一人の大人として寄り添っているのか。
その距離の種類を分けきれないまま、相手に近づいてしまう。混線する距離↗
なぜそうなるのか。
NERVという場が、そもそも関係と役割を切り分けにくいからだと思う。
ここでは、家にいる少年が次の瞬間には出撃対象になる。
守りたい相手を、自分で前線へ送り出さなければならない。
気づかうことと命じることが、同じ一日の中で起きる。
そんな場所で、保護と指揮の境界だけをきれいに保つのはかなり難しい。
だからミサトの混線は、個人の不器用さであると同時に、NERVという場が持っている歪みの表れでもある。
この組織は、人間関係を摩耗させる。
役割のために距離を使い分けなければならないのに、その役割自体が他者への感情を強く刺激してしまうからだ。
レイはなぜNERVの中で保たれるのか
レイは、NERVの中でかなり特別な位置にいる。
それは単に重要人物だからではない。
彼女の在り方そのものが、この組織と噛み合っているからだと思う。
レイは最初、役割の中で安定している。
自分の感情を前に出さず、必要なことを遂行し、与えられた位置で成立している。
そのためNERVのような場所では、かなり「保ちやすい」存在になる。
この組織が求めているのは、関係の揺れより役割の維持だからだ。
感情の不確実さより、配置の安定が優先される。
その意味でレイは、NERVという装置の中で最も自然に機能してしまう人物でもある。
ただ、そこに心が生まれ始めると状況は変わる。
役割の中で成立していた存在が、他人との接触を通して少しずつ「私」を持ち始める。
そうなると、NERVにとって都合のよかった安定は崩れ始める。
ここでも見えてくるのは、この組織が人間の変化そのものには向いていないということだ。
NERVは、人を守るように見えて、実際には役割の中で保っている。
その構造がもっともはっきり見えるのが、レイという存在なのだと思う。
シンジはなぜNERVの中で役割と関係を切り分けられないのか
シンジにとってNERVが苦しいのは、ここが単なる職場でも、単なる戦場でもないからだ。
父がいる。
命令がある。
エヴァに乗る理由がある。
だがその全部が、役割だけでは処理できない。
パイロットとして呼ばれているのに、そこには父子関係が混ざる。
作戦として出撃しているのに、そこには承認や拒絶の感情が入り込む。
NERVは、そういう切り分けのできなさをそのまま放置したまま動いてしまう組織だ。
役割は与える。
だが関係は整理してくれない。
命令はある。
だが気持ちの行き場はない。
だからシンジは、ここでずっと苦しい。
つまりNERVは、役割を与える場所ではあるが、役割を引き受けるための関係の整理まではしてくれない。
ここが、シンジのしんどさを加速させている。
役割と関係を分けられない人間に対して、その二つを同時に押しつける場所。
それがNERVのかなり残酷なところだと思う。
NERVは本当に合理的な組織なのか
NERVは、見た目にはかなり合理的だ。
指揮系統があり、役割分担があり、巨大な設備があり、作戦も管理もある。
だが、その合理性は最後まで純粋ではない。
なぜなら、この組織の中心には最初から私的な執着があるからだ。
守るべきものが人類全体であるように見えながら、同時に極めて個人的な願いが流れている。
配置や命令が整っているように見えながら、そこに乗っている動機はかなり不安定だ。
合理的なのは手順だけだ。
目的の奥には、整理されていない喪失や断絶がある。
だからNERVは、外から見ると冷たい。
けれど内側を見ると、その冷たさを支えているのは人間のしんどさのほうだと分かる。
この組織は、感情を排除した結果できたのではない。
むしろ、感情をそのまま扱えなかったからこそ、管理へ変えて成立している。
そこがNERVの合理性の限界でもある。
NERVとは何か
NERVとは、使徒と戦うための組織である。
この説明は間違っていない。
けれど、それだけではこの組織の重さは見えてこない。
ここで扱われているのは、敵への対処だけではない。
他者との断絶。
失った相手への執着。
役割がなければ自分を保てない苦しさ。
守りたいのに命じなければならない混線。
そうした本来は個人の内側にある問題が、この場所では命令、配置、管理、計画の形へ変わっている。
だからNERVは、秘密機関というより、人間のしんどさを制度化した器として見たほうが近い。
合理性の顔をしている。
だがその中身は、かなり私的だ。
管理の形を取っている。
だが支えている動機は、かなり不安定だ。
このねじれが、NERVという組織を気味の悪いものにしている。
他者との問題を、他者との問題のまま引き受けることができなかった。
だから命令に変えた。
配置に変えた。
計画に変えた。
NERVとは、その置き換えが巨大な組織の形を取ってしまったものだったのかもしれない。
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