『涼宮ハルヒの消失』で世界を変えたのは長門だった。ハルヒがいない世界が生まれ、長門自身も、いつもの長門とは違う普通の女子生徒としてそこにいる。
どうして長門は、そこまで大きく世界を変えてしまったんだろう。
キョンへの恋心があった、と考えるのが一番しっくりくる。ただ、「キョンが好きだったから世界を変えた」だけで終わらせると、長門が作った世界の形を少し見落としてしまう気がする。
出来上がった世界で、長門とキョンは最初から恋人になっているわけではない。長門は普通の女子生徒としてそこにいて、これからキョンとの関係が始まるかもしれない場所に立っている。
長門が望んだのは、キョンと結ばれるという結果よりも、普通の女の子として誰かを好きになり、その先がどうなるか分からない人生だったのかもしれない。
今回は、長門が自分の中に生まれた変化を「エラー」と呼んだことから、彼女がどんな未来を見ようとしたのか考えてみたい。
長門に起きた「エラー」は何だったのか
長門はもともと、涼宮ハルヒを観測するために情報統合思念体から送り込まれた存在だった。自分に与えられた役割を理解し、それを淡々とこなしている。
ところがSOS団で過ごす時間が増えるにつれて、長門の中には少しずつ変化が積もっていく。長門自身は、そうした変化を「エラー」として認識していた。
この言葉が面白いんだよね。
人間なら、誰かと過ごすうちに考え方が変わったり、特別に思う相手ができたりしても、それを故障とは考えない。気持ちが変わったとか、成長したとか、恋をしたとか、そういう言葉で受け取ると思う。
でも長門は違う。もともと決められていた役割から外れる変化が自分の中に生まれれば、それは予定されていなかった動きになる。情報統合思念体の側から見れば、「エラー」という言葉が一番近かったのかもしれない。
同じ変化でも、どちら側から見るかで意味がまったく違う。長門たちにとってはエラーでも、人間から見ると、そこに初めて長門自身の気持ちが見えてくる。
長門はキョンに恋をしたのか
長門が世界を変えた理由を考えるとき、キョンへの気持ちを恋として読むのはかなり自然だと思う。
長門にとってキョンは、ただSOS団にいる一人ではなくなっていた。何度も一緒に行動し、自分のことを気にかけてもらい、その積み重ねの中で特別な相手になっていったように見える。
もちろん、長門自身が「私はキョンに恋をしている」と説明してくれるわけではない。だから恋愛感情だったと設定のように言い切ることはできないけれど、『消失』で生まれた長門を見ると、そう考えたくなるものはかなりある。
普通の文芸部員として本を読み、内気な女子生徒としてキョンと向き合う。その姿は、情報統合思念体の端末だった長門とはかなり違う。
でも恋って、相手と結ばれた瞬間だけを指すものでもないと思う。好きな人に話しかけるだけで緊張したり、明日はもう少し話せるかもしれないと思ったり、告白したらどうなるんだろうと考えたりする。その先が分からない時間そのものにも、恋の楽しさはある。
長門に生まれた「エラー」の中には、そういう未来を想像する気持ちもあったんじゃないだろうか。
長門が欲しかったのは、キョンと結ばれる結果ではない
長門が作った世界を見ると、もう一つ気になることがある。そこでは、長門とキョンの関係が最初から完成しているわけではない。
長門は普通の女子生徒になっている。でもキョンが長門を好きになることまで決まっているわけではなく、二人の間にはまだこれからが残されている。
だから長門が望んだものを、「キョンを自分のものにしたかった」だけで考えると少し違う気がする。
文芸部で一緒に本を読むかもしれない。少しずつ話すようになるかもしれない。いつか気持ちを伝えるかもしれないし、それをキョンが受け入れてくれるかどうかは分からない。
そういう、普通の女子生徒として過ごす人生そのものを長門は生きてみたかったんじゃないかな。
長門にとっては、それまで当たり前ではなかった人生だ。宇宙人でも、観測するための存在でもなく、一人の女の子として誰かを好きになり、その先がどうなるのか分からないまま毎日を過ごしていく。
人間から見れば普通の日常なのに、長門にとってはそちらの方がずっと未知だった。
ハルヒは、宇宙人や未来人のような非日常を探している。でも以前の記事で考えたように、彼女が楽しんでいるのは「本当にあるかもしれない」と思いながら探している時間でもある。
長門はちょうど逆なのかもしれない。最初から非日常の側にいる長門にとって、普通の女の子として恋をして、「この先どうなるんだろう」と思える毎日の方が非日常だった。
「エラー」から生まれた世界
長門は、自分の中に積もった変化を抱えたままでは終わらなかった。自分自身を含めて世界を書き換え、普通の女子生徒として生きられる場所を作った。
考えてみると、かなり不思議なことをしている。
情報統合思念体の側から見れば、長門に起きた変化は正常な状態から外れていくものだった。その予定外の動きが積もった結果として、今度は長門自身が「こういう自分で生きてみたい」と思えるような世界が生まれている。
エラーという言葉は、珍しい出来事という意味ではないと思う。決められていた動きから外れ、予想されていなかった結果が生まれること。その意味では、長門自身に起きたエラーこそ、長門にとっての非日常だったとも考えられる。
そしてその先に長門が見たかったものは、派手な世界ではない。普通の学校へ通い、文芸部にいて、好きな人との関係がこれからどうなるか分からない人生だった。
情報統合思念体から見ればエラーでも、長門から見れば初めて自分で望んだ未来だったのかもしれない。
でも、その世界をキョンは選ばなかった
長門が作った世界には、長門が望んだものがたくさん残っている。でも、その世界をキョンは選ばなかった。
キョンは元の世界へ戻ることを選ぶ。ハルヒがいて、みくるがいて、古泉がいて、そして情報統合思念体の端末としての長門がいる、あの騒がしい日常へ戻っていく。
ここが、この世界を単なる長門の理想郷では終わらせないところだと思う。
自分が誰かを好きになっても、その人が自分を選んでくれるとは限らない。自分では最高だと思った未来でも、相手にとって同じように幸せな未来とは限らない。
長門は世界を変えるほどの力を使えた。それでも、キョンがどちらの世界を望むのかまでは決められなかった。
それって、かなり今の現実に似ている気がする。
恋に限らず、自分が何かを望んで動けば、その前とは少し違う現実が生まれる。でも、そこで起きることを全部思い通りにはできない。他人が何を感じるかまで、自分では決められないからだ。
自分の気持ちで世界は変わる。でも、変わった世界が自分の思い通りになるとは限らない。
長門の「エラー」は、本当にエラーだったのか
長門の中に起きた変化を、情報統合思念体の側から見ればエラーと呼ぶことになるんだと思う。本来の役割から外れ、それまでの長門では説明できない動きを始めてしまったからだ。
もちろん、エラーと感情が同じものというわけではない。でも長門の場合、その予定外の変化の中から、誰かを特別に思い、「こういう人生を生きてみたい」と望むものが生まれている。
人間の側から見ると、それは故障というより、「長門有希」という一人の人がはっきりしていく過程にも見える。
長門はキョンに恋をした。その恋をきっかけに、普通の女子生徒として本を読み、誰かを好きになり、その先に何が起きるか分からない人生を生きてみたいと思ったのかもしれない。
そして長門は、その未来を一度、本当に世界の形にした。
でもその世界は、キョンには選ばれなかった。自分が望んだ未来を作れても、他人の気持ちまでは思い通りにはならなかった。
だからこそ、長門が作った世界は人間が生きている現実に少し似て見える。
自分が何を感じるかで、見えている世界も、選ぶ未来も変わっていく。でもその先で何が起こるかまでは分からない。
思い通りにならないからこそ、その先はまだ決まっていない。長門が「エラー」の先で見てみたかったのは、そんな未来だったのかもしれない。
