『逆襲のシャア』で、シャアはアクシズを地球へ落とそうとする。人類を地球から追い出し、地球を休ませる。その計画を止めようとする側の中でも、アムロは最も大きな障害だった。
それなのにシャアは、νガンダムへ使われることになるサイコフレームの技術を、アムロ側へ流している。アクシズ落としを成功させたいだけなら、敵を弱いままにしておく方がいいはずだ。
なぜシャアは、自分の計画を止められる可能性までアムロへ与えたのか。そこには対等な条件で戦いたいという潔さだけでなく、自分の選んだ未来をアムロとの決着によって確かめたい気持ちもあったのではないか。この記事では、サイコフレームを流した行動から、勝ちたい思いと止められたい気持ちが重なるシャアの複雑さを見ていく。
シャアはなぜ敵であるアムロを強くしたのか
νガンダムには、サイコフレームの技術が採用されている。その情報がシャア側から流されたことは、終盤でシャア自身が明かしている。
シャアが渡したのは、ただの知識ではない。アムロの機体を自分へ届くところまで引き上げ、アクシズ落としを止められる危険を増やす技術だった。
格納庫に立つνガンダムと、光の中へ浮かぶT字型の試料を並べると、シャアの行動が抽象的な会話だけではなかったことが分かる。技術は実際の機体へ組み込まれ、アムロがサザビーと戦う力の一部になった。
アムロを倒すだけなら、そんなことをする必要はない。シャアの目的がアクシズ落としの成功だけではなかったことが、この矛盾から見えてくる。
アクシズ落としだけが目的なら、技術を流す必要はなかった
計画の成功だけを優先するなら、νガンダムが十分な性能を持たない方がシャアには都合がいい。アムロが自分へ届く前に戦闘を終わらせ、アクシズを地球へ向かわせればよかった。
けれど、シャアはアムロが十分な力を持つことを選んだ。人類の未来を変える計画と、アムロとの決着を、自分の中で切り離せなかったのだと思う。
アムロを避けたままアクシズを落としても、シャアにとっては決着にならない。計画が成功したという結果だけでなく、自分を止めようとするアムロを越えたという事実まで必要だった。
性能差でアムロに勝っても、シャアは納得できなかった
シャアの行動には、弱い相手を倒しても意味がないという潔さが見える。ただ、それを武人としての公平さだけで説明すると、なぜ世界の行方まで賭けたのかが残る。
十分な力を持ったアムロが、自分の計画を本気で止めに来る。そのアムロを越えてこそ、シャアは自分の考えも選んだ方法も間違っていなかったと思えたのではないか。
性能差のある相手を倒しただけでは、アムロに勝ったことにはなっても、アムロの選んだ道を否定したことにはならない。シャアは勝利そのものより、アムロとの決着を通して自分を納得させようとしていたように見える。
アムロは、シャアの答えを否定できる相手だった
二人は一年戦争から長い時間を共有している。ニュータイプとして互いの存在を感じ、ララァを失った過去を抱えながら、それぞれ違う道を歩いてきた。
シャアは政治や組織の中へ進み、最後には人類全体の未来を自分で決めようとした。アムロは人間の弱さを知りながらも、一人が全員の未来を閉じることを受け入れなかった。
シャアは多くの人間を見限ることができても、アムロだけは簡単に見下ろせない。自分と同じものを見ながら別の答えを選んだアムロだからこそ、シャアの選択を本当の意味で否定できた。
そのアムロに敗れることは、戦闘の勝敗だけでは終わらない。人類へ下した判断そのものを否定されることになるからこそ、シャアはアムロとの決着を必要としたのだと思う。
シャアは自分の選択を、最後まで信じ切れていたのか
シャアが人類へ絶望する理由は、何もないところから生まれたものではない。連邦政府は地球に残る特権を守り、宇宙に暮らす人々との格差を変えようとしない。地球が消耗しても、人間は自分から便利な生活や地位を手放さない。
ただ、人間が自分から変わらないことと、シャアが全員の未来を決めてよいことは同じではない。問題の見方に根拠があっても、アクシズを落として人類から選択を奪う方法まで正しいとは限らない。
もし自分の方法を完全に信じているなら、アムロへ止める力を渡す必要はない。相手を弱いままにして、計画を成功させればよかった。
それができなかったところに、シャア自身の迷いが残っている。人間はもう変われないと考えながら、自分が見た絶望だけで未来を閉じてよいのかまでは、最後まで確信できなかったのかもしれない。
シャアはアムロに止めてほしかったのか
サイコフレームの技術を流した行動から、シャアはどこかでアムロに止めてほしかったのではないか、と読むことはできる。自分の計画を止められる可能性を、自分から相手へ渡しているからだ。
ただし、シャアが最初から負けようとしていたとは言えない。アクシズ落としを本気で望んでいなかったわけでもなく、最後までアムロへ勝とうとしている。
止めてほしかった。それでも、自分が勝ちたかった。この二つは矛盾しているように見えるが、シャアの中では同時に存在していたのではないか。
アムロに止められれば、自分が見限った人間にも未来を選び直す力が残っていたことになる。それでもアムロに勝てるなら、自分の選んだ道が間違っていなかったと、ようやく思える。
勝てたなら、自分の道を人類の本流だと思えた
シャアは、自分とアムロのどちらが勝つかに、人類の未来まで重ねてしまったのかもしれない。アムロが止めれば、人間にはまだ自分たちで未来を選ぶ可能性が残る。シャアが勝てば、人間は外から強制されなければ変われないことになる。
地球を背にしたアクシズは、二人の個人的な決着とは比べものにならないほど大きな問題だ。それでもシャアは、人類全体の未来をアムロとの戦いから切り離せなかった。
十分な力を持ったアムロの抵抗を越えてなおアクシズを落とせるなら、自分の道こそが人類の進む方向だったと納得できる。反対に止められるなら、シャアの絶望は人類のすべてではなかったことになる。
もちろん、シャアがそこまで明確な言葉で考えていたとは言えない。ただ、サイコフレームを流した行動と、アムロとの決着へこだわる姿を並べると、勝敗によって自分の選択を確かめようとしたように見える。
サイコフレームは、別の未来が入り込む余地を残した
シャアは、ただアムロへ勝ちたかったのではないと思う。人類から選択を奪い、アクシズを落とす道を本当に正しいものとして受け入れるために、アムロとの決着を必要としていた。
サイコフレームを流した行動には、相手を弱いまま倒したくないという潔さがある。同時に、自分一人では自分の答えを信じ切れなかった弱さもある。
そしてシャアは、人類の未来を決めようとするほど大きな立場へ進みながら、最後までアムロとの関係から離れられなかった。止めてほしい気持ちと、それでも勝ちたい気持ちのどちらか一方だけでは、その行動を説明しきれない。
自分を最も強く否定できるアムロへ力を与え、その勝敗によって、自分の選んだ未来が正しいのかを確かめようとした。それは潔さだったのか、自分を信じ切れない弱さだったのか、それとも最後までアムロを必要としていたということなのか。
シャアが流したサイコフレームは、アムロを強くしただけではない。シャア自身が閉じようとしていた未来に、別の答えが入り込む余地を残していたのだと思う。
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