ダミープラグは、パイロットの代わりにエヴァを動かすためのシステムだ。パイロットが負傷したり、戦うことを拒んだりしても、機体を止めずに済む。使徒との戦いを続けるNERVにとって、これほど都合のいい予備装置はない。
その便利さが、もっとも露骨な形で使われたのが3号機との戦いだった。
シンジは初号機の中にいる。機体を動かすこともできる。それでも攻撃しなかったのは、3号機の内部に人が残っている可能性を無視できなかったからだ。ゲンドウは、その拒絶を説得するのではなく、初号機の制御そのものをダミーシステムへ切り替えた。
シンジの身体も、声も、恐怖も消えていない。ただ、それらが初号機の動きへ届かなくなる。
ダミープラグの怖さは、機械が人間のように動くことではない。人間のまねをしながら、人間が持っていた迷いと拒絶を必要としないことにある。
この記事ではTV版のダミープラグを中心に、エヴァを動かすための機能だけを残したとき、そこから何が失われるのかを考えていく。
ダミープラグとは何か
ダミープラグは、実際のパイロットに代わって、エヴァとの同調と操縦を成立させるための装置だ。TV版では、レイのパーソナルデータを利用したダミーシステムが初号機へ組み込まれていた。
けれど、プラグの中にレイ本人がいるわけではない。レイが誰と出会い、何を感じ、どんな選択をしてきたのかまでが再現されるわけでもない。必要なのは、エヴァにパイロットが存在すると受け入れさせ、機体を動かすための反応だけだった。
人間を丸ごと再現する必要はない。操縦に使える部分だけがあれば、システムとしては成立する。
つまりダミープラグが再現するのは、人間ではなく、人間が果たしていた役割だ。
意思を持ち、状況を受け取り、命令を拒むことができる。
人間の反応を、エヴァを動かすための機能として再現する。
関係や迷いを持たず、与えられた役割を遂行する。
初号機の制御を引き受ける表示の中に、操縦者の意思や状態は現れない。そこに示されているのは、人間が何を望んでいるかではなく、機体を動かすための接続が成立したという結果だけだ。
人間から反応を取り出し、それを模倣し、命令を実行する。三つの段階を進むほど、本人の経験や他者との関係は、初号機を動かす条件から外れていく。
ダミープラグは人間の代わりに座る装置ではない。人間が担っていた機能を、本人から切り離して残す装置である。
ダミープラグは人間の何をコピーしたのか
レイのデータから作られているなら、ダミープラグはレイのコピーなのか。
エヴァを動かすという結果だけを見れば、コピーは成功している。システムはパイロットの代わりとして受け入れられ、初号機を制御できる。そこにレイ本人の身体や意識がなくても、操縦装置としては困らない。
けれど、コピーされているのはレイの人生ではない。レイが何を思い、誰を選び、何を拒むのかは、機体を動かすための情報には含まれていない。必要なのはパイロットとして認識される反応であり、その反応を持つ人間がどのような存在なのかではなかった。
ここで同じように見えているのは、存在ではなく働きだけだ。
ダミープラグはレイになろうとしているのではない。レイでなければ成立しなかった部分を利用しながら、レイ本人がいなくても動く仕組みを作っている。
シンジの意思を外したとき、初号機は止まれなくなった
使徒に侵食された3号機は、NERVにとって排除すべき対象になっていた。放置すれば、周囲にさらに被害が広がる可能性もある。作戦だけを見れば、初号機が3号機を止める判断には理由がある。
シンジも、その危険が分かっていなかったわけではない。それでも攻撃できなかったのは、敵として表示された機体の中に、まだ人間がいるかもしれなかったからだ。3号機をただの目標として見られないことが、シンジの手を止めていた。
戦闘を続ける側からすれば、それは命令に従えない状態になる。けれど、人間の側から見れば、目の前の相手を記号だけで処理しなかった結果でもある。
ゲンドウは、シンジの判断が変わるのを待たなかった。初号機の制御をダミーシステムへ渡し、シンジの拒絶だけを操縦から切り離す。
声も恐怖も拒絶も残っているのに、それらは初号機の行動へ届かない。
ダミープラグが人間を不要にするというのは、誰も乗っていないという意味ではない。人間がそこにいても、その意思を行動へ反映させなくてよいということだ。
相手の中に人がいる可能性を受け取り、攻撃することを拒む。
敵を排除する役割を実行し、関係や迷いによって停止する理由を持たない。
シンジは初号機の中から消えていない。攻撃をやめてほしいと叫び、その結果を見せつけられている。それでも機体を止める権限だけは、すでに別の場所へ移されている。
シンジとダミーシステムの差は、操縦の上手さではない。シンジには相手の中の人間を理由に止まることができる。ダミーシステムには、命令の外側からその理由を持ち込むことができない。
ダミープラグの残酷さは、感情がないことではない
ダミーシステムに制御された初号機の攻撃は、怒りを爆発させた暴走のように見える。3号機へ飛びかかり、倒れたあとも攻撃をやめない。その激しさだけを見れば、機体が相手を憎んでいるようにも映る。
だが、ダミープラグが3号機を憎んでいたわけではない。苦しめたいという悪意も、勝利を喜ぶ感情もない。与えられたのは敵を排除する役割であり、その途中で「もう十分ではないか」と考える判断は含まれていなかった。
残酷なのは、感情がないことそのものではない。攻撃を中断させるものまで、最初から必要とされていないことだ。
シンジには攻撃できない理由があった。ダミーシステムには攻撃を止める理由がない。命令が正確に実行されるほど、目の前の相手を見て行動を変える余地は消えていく。
恐怖で動けなくなることも、命令を拒むことも、戦闘装置としては欠点に見える。それでも、3号機をただの敵として処理しなかったのは、その欠点を持つシンジのほうだった。
効率だけを比べれば、ダミープラグはシンジより優秀だ。だが、その優秀さは、止まるために必要だったものを外した上で成立している。
人間は主体ではなく、システムの素材になる
ダミープラグは、人間を使わずに作られた無人装置ではない。レイのパーソナルデータを使い、人間の反応を記録し、エヴァが受け入れられる形へ組み替えている。
システムが必要としたのは、レイが何を望んでいるかではなかった。初号機にパイロットの存在を認識させるための情報だけが取り出され、レイ本人の意思は、装置を成立させる条件から外れている。
人間が素材になるとは、本人のすべてが利用されるという意味ではない。使える一部だけが抜き出され、それ以外は必要のないものとして扱われることだ。
レイはパイロットとしての情報を与える側に置かれ、シンジは機体の中にいながら操縦の権限を失う。二人の立場は違っていても、ダミーシステムの中では、人間の存在よりもエヴァを動かす機能が優先されている。
ここで人間は、システムを使う主体ではなく、システムを完成させるための供給元へ変わっている。
ゲンドウが必要としたのは、息子ではなく役割だった
3号機戦でダミーシステムの使用を命じたのはゲンドウだ。ただ、この判断をゲンドウ個人の残酷さだけで片づけると、場面の気味の悪さは薄くなる。
NERVには使徒を止めなければならない事情があり、3号機を放置できない理由もあった。ゲンドウが作戦の遂行を優先したことには、司令官としての合理性がある。
問題は、その合理性の中で、シンジの拒絶がどのように扱われたかだ。
シンジは初号機の中から消えていない。攻撃できないと訴える声も、その結果を見せつけられる恐怖も残っている。それでもゲンドウが切り替えたのは、シンジ本人ではなく操縦の権限だった。息子を機体から降ろすのではなく、息子がそこにいるまま、パイロットとしての役割だけを別の制御へ渡している。
シンジが命令どおり動くなら、パイロットとして使う。動かないなら、同じ役割をダミーシステムへ任せる。作戦の中で必要とされていたのは、シンジという人間より、初号機を動かして敵を排除する働きだった。
息子との関係を解こうとせず、役割が埋まるように運用する。その判断は、ゲンドウが他者との関係を計画へ置き換えてきた姿ともつながっている。
シンジという、意思と恐怖を持った一人の人間。
初号機を動かし、使徒を排除するパイロット。
本人の意思を外し、役割だけをシステムが引き継ぐ。
画面にいるのは、迷いのない機械ではなく、その機械を使うと決めた人間だ。個人の拒絶を作戦上の障害として外せるのは、ダミープラグ自身ではなく、それを起動する側にいる。
シンジという一人の人間は、初号機を動かすパイロットという役割へ置き換えられる。その役割さえ別の仕組みで埋められるなら、本人が拒んでいることは、作戦を止める理由にならない。
関係が役割へ、役割が代替へ変わるとき、シンジ本人である必要は少しずつ消えていく。
コピーが同じ働きをするなら、本物は必要なのか
ダミープラグが初号機を動かせるなら、パイロット本人は必要なのか。機体を起動し、命令どおり戦わせることだけが目的なら、同じ働きをする代替装置で足りる。
けれど、同じ結果を出すことと、同じ存在であることは違う。
シンジが3号機を攻撃できなかったのは、操縦能力が不足していたからではない。相手の中にいる人間を無視できなかったからだ。ダミープラグが再現しないのは、この判断である。
迷いまで再現してしまえば、ダミーシステムも同じ場所で止まるかもしれない。命令を確実に実行するための代替装置としては、それでは都合が悪い。人間の欠点に見える部分を外すことで、ダミープラグはパイロットより安定した機能になる。
3号機戦でダミープラグへ渡されたのは、操縦の手間だけではなかった。目の前の機体を攻撃するのか、その中にいる人間を理由に止まるのか。その判断までシンジから取り上げられている。
役割はコピーできても、その役割をどう使うかまで同じにはならない。レイの情報を持っていてもレイではなく、シンジの代わりに初号機を動かしてもシンジにはならない。
同じ働きをすることは、同じ存在になることではない。違いが現れるのは、命令どおり動くときではなく、命令の前で止まる理由を持ったときだ。
ダミープラグが消したのは、拒否する人間だった
ダミープラグが置き換えたのは、操縦する身体だけではない。相手を見て止まること、命令に疑問を持つこと、自分にはできないと拒むこと。初号機の力と攻撃命令のあいだに立っていた、人間の判断そのものが制御から外された。
ダミープラグは、人間より残酷な意志を持っていたわけではない。意志を必要としない形で作られていたから、3号機の中に誰がいるのかを理由に止まれなかった。
そして、その仕組みを作り、シンジの代わりに使うと決めたのも人間だった。
3号機を前に止まったシンジは、作戦の中では役に立たないパイロットだった。命令を実行できず、敵を排除する力を持ちながら、その力を使うことを拒んでいる。
けれど、初号機の力と攻撃命令のあいだに残っていたのは、その「役に立たなさ」だけでもある。
ダミープラグが消したのは操縦の失敗ではない。目の前の相手を人として見て、命令を拒める人間だった。
人間らしさは、命令を正確に実行することではなく、目の前の相手を見て、一度止まれるところに残っているのかもしれない。
関連構造
